楠田祐 HR時評Vol.5【海運王と称された山下亀三郎のリーダーシップから学ぶ心理的な安全性】

株式会社アジャイルHR取締役の楠田祐によるHR時評。第5弾は、激動の時代を拓いた「海運王」山下亀三郎の「先見の明」と「人を信じ切る懐の深さ」から、現代にも通じる真のリーダーシップを読み解きます。
山下汽船(現在の商船三井)の創業者であり、明治から昭和の激動期に「海運王」と称された山下亀三郎。
彼の凄絶ともいえる生涯とビジネスの軌跡を辿ると、激しい変化の時代において事業を爆発的に拡大させ、数々の危機を乗り越えて組織を牽引した力強いリーダーシップの神髄が見えてきます。 亀三郎のリーダーシップを支えていた最大の要素は、圧倒的な「先見の明」と、決断したら即座に行動に移す「果断さ」でした。
愛媛県の下級武士の家に生まれた彼は、若き日に数々の事業の失敗や借金、泥臭い困難を経験しながらも、海運業が秘める無限の可能性に着目します。日露戦争や第一次世界大戦といった世界情勢の激変期において、国際貿易と海上輸送の大きな波を正確に読み切り、船の確保や新たな航路の拡張を果敢に進めました。
状況が混迷を極め、誰もが足すくむときほど、自らの直感と鋭い洞察力を信じて大きな勝負に出るその姿勢は、まさに乱世のリーダーそのものでした。しかし、彼の経営や組織運営の本質は、単なる大胆さや豪快さだけにとどまりません。注目すべきは、現代で言う「心理的安全性」を100年も前に先取りし、組織経営の根幹に据えていた点です。
生前、ある記者に対して「優秀な学生を採用して仕事を任せれば、会社は自然と大きくなる」と語っていたように、彼の人間観と経営手法の核にあったのは、人をどこまでも信頼して委ねる姿勢でした。 亀三郎は、きっと「知ったかぶりをしない」リーダーだったと私は推察します。
そして亀三郎は「事業は人にあり」という信念を強く持ち、現場の声を丹念に聴き、失敗を恐れずに発言・挑戦できる土壌を整えました。 意欲と資質のある若手には年齢や経験にとらわれず大きな権限を与えて現場に挑戦させ、任された者も「この人のもとであれば思い切って腕を振るえる」という強い安心感と誇りを持って自発的に奮起したのです。過度な威圧ではなく、深い包容力と受容によって社員の才能を引き出すそのスタイルは、まさに現代の経営者が求める心理的安全性の体現そのものでした。
さらに、こうした亀三郎の人間観や経営美学の原点には、同郷である伊予松山の大先輩、秋山好古(あきやま よしふる)・真之(さねゆき)兄弟との深い交流がありました。とりわけ「日本騎兵の父」と呼ばれ、陸軍大将まで上り詰めた好古の無私無欲で質実剛健な生き様は、亀三郎にとって生涯の精神的支柱となりました。 好古が晩年、政財界からの華々しい要職のオファーをことごとく断り、故郷の北予中学校(現在の松山北高校)の校長として後進の育成と教育に生涯を捧げた姿は、亀三郎の人間主義と社会貢献への志を深く揺さぶることになります。
また、日露戦争の作戦参謀として知られる弟・真之が持つ国家的な視座や極限状態での決断力もまた、海運業界という過酷な国際舞台で勝負を挑む亀三郎の気概を強く育みました。
偉人たちとの絆から紡がれたその精神は、やがて「国家や社会への真の貢献」という明確な行動となって結実します。亀三郎は海運事業で得た巨額の財を、決して個人の私腹を肥やすために使うことはありませんでした。 優秀な人材を社会へ送り出す重要性を痛感していた彼は、私財を惜しみなく投じて山下高等商業学校(現在の桐朋学園などの礎)の設立を主導したほか、地域社会や農水産業の基盤発展のために多大な寄付と支援を継続しました。
自己の利益を超え、より大きな大義のために動くその姿勢こそが、社内はもちろん政財界も含めた多くの人々から絶大な信頼と敬意を集める最大の要因となったのです。
不確実性が極めて高く、将来の予測が困難な現代のビジネス環境において、山下亀三郎という人物の生き様は私財や組織論の枠組みを超えて極めて多くの示唆を与えてくれます。 時代の変化を恐れずに未来を見通す洞察力、働く人々が安心して持てる力を発揮できる心理的安全性を生み出す懐の深さ、そして素晴らしい先達との絆を通じて磨き上げられた高い志。
これらすべてを兼ね備えた彼のリーダーシップは、時代を超えて現代の経営、組織開発、そして人材育成の現場においても決して色あせることのない、真の牽引力とは何かを力強く物語っています。
Victorさんによりミキシング及びマスタリングされた私のオリジナル曲がタワーレコードさんが公開されています。 お聴きください。
Yuu Kusuda & Friends
「知ったかぶりをしない」
作詞・作曲:楠田 祐
https://www.youtube.com/watch?v=0NYLGwUgV_k
2026年7月吉日筆
株式会社アジャイルHR
取締役 楠田 祐