楠田祐 HR時評Vol.4【フィードバックは人の成長を加速する】

株式会社アジャイルHR取締役の楠田祐によるHR時評。第4弾は、AI時代だからこそ際立つ「生身の人間によるフィードバック」の価値と、フィードバックを「成長の原動力」に変える2つの覚悟について解説します。
フィードバックは人の成長を加速する
360度サーベイの結果に対して納得がいかず、不満を抱いていた大手企業の執行役員人事本部長がいました。その方が帰宅後、思わず妻にそのサーベイ結果を見せたところ、返ってきたのは「あなたはこんなものよ」という一言だったそうです。
私がこのエピソードを人事本部長から直接伺った時、これこそが人の成長を真に加速させる原動力なのだと直感的に感じました。
これはまさに、身近に存在する「最強の360度フィードバック」と言えます。
職場の人間関係においては、役職というフィルターや複雑な利害関係、あるいは大人の配慮がどうしても働いてしまい、周囲からの評価はオブラートに包まれた表現になりがちです。しかし、家庭で長年時間を共にしてきたパートナーには、そうした虚飾や取り繕いは一切通用しません。
特に執行役員という立場になれば、周囲から耳の痛いことを言われる機会は激減します。そうした状況だからこそ、奥様の一言は自身の客観的事実を突きつける決定打となったのではないでしょうか。仕事でのプライドが揺らぐ瞬間ではありますが、真の自己変革へと向かうためには、これ以上ない最高のリトマス試験紙です。
実際、この男性執行役員は奥様からのフィードバックをきっかけに、ご自身の行動を意識的に変えていかれました。
真のフィードバックは「生身の人間」にしかできない
昨今、AIの進化により客観的なデータ分析やテキストによるアドバイスは容易に手に入るようになりました。しかし、人の心を動かし、本気で変革に向かわせる真のフィードバックは、やはり「生身の人間」にしかできないのではないかと私は考えます。
なぜなら、AIが扱えるのはどこまでいっても言葉そのもの、つまりバーバルコミュニケーションに限られるからです。
一方で、人が他者から受けるフィードバックにおいて極めて重要な役割を果たすのは、表情や声のトーン、空気感や眼差しといった「ノンバーバルコミュニケーション」に他なりません。
どれほど精密なアルゴリズムであっても、そこに宿る温度や感情までを再現することはできません。地球の自転がアルゴリズムで回転していないのと同じように、人間の生命的な営みや心の揺らぎもまた、計算式だけでは割り切れないものです。生身の人間から直接伝えられるからこそ、その言葉の奥にある「気持ち」や「熱量」が相手の胸に響き、深い気づきを生み出します。
「自己認識」と「他者評価」のギャップを知る
変化の激しい現代のビジネス環境において、リーダーとしての自己変革をいかに成し遂げるかは、組織全体の命運を左右する極めて重要な問いです。私たちは日々の意思決定において、自らの判断が正しく機能していると信じる傾向にあります。しかし、真の成長は「自分の思っている自分」と「周囲から見えている自分」の間にあるギャップを素直に自覚することから始まります。
自分自身が「良かれと思って取っている行動」が、必ずしも周囲に意図通り受け止められているとは限りません。
例えば、細部まで徹底的にチェックする姿勢は、本人は「丁寧な育成」のつもりであっても、部下からは「マイクロマネジメントによる不信感の表れ」と映っている場合があります。
逆に、自分では意識していなかった些細な振る舞いが、思いのほか組織のエンゲージメントを高めていたことに気づかされるケースも少なくありません。
360度サーベイが提供するのは、私たちが無意識に抱いているバイアスを外し、自分自身を全方位から曇りなく映し出す「組織の鏡」そのものです。
フィードバックを「成長の原動力」に変える2つの覚悟
このサーベイの効能を最大限に引き出し、自己の成長へと昇華させるためには、受ける側に2つの姿勢が求められます。
ひとつ目は、真摯に受け止める「器」の広さです。耳の痛いフィードバックや予期せぬ低い評価に直面したとき、人は自己防衛の心理からそれを否定したくなるものです。しかし、そこにとどまっていては進化はありません。他者が寄せてくれた評価は、自らの盲点(ブラインドスポット)を教えてくれる貴重な「ギフト」であると捉える知性が求められます。
ふたつ目は、行動を変容させる「意志」の強さです。数値を眺めて納得したり一喜一憂したりするだけで終わらせては意味がありません。明らかになったギャップを埋めるために、明日からの言動をどのように変えるのか。具体的な行動計画へと落とし込み、日々実践を積み重ねる実行力こそが、成長のスピードを決定づけます。
フィードバックを受けるプロセスは、時に痛みを伴うものです。しかし、その痛みを恐れず、人間同士の真剣な向き合いの中で提示された現状を厳格に見つめる勇気を持つ者だけが、一皮むけた圧倒的なリーダーシップを手に入れることができます。
360度サーベイは単なる評価ツールではありません。それは自らの可能性を解き放ち、組織の可能性を最大化するための羅針盤です。
皆様も今一度、周囲の人間が発する声や眼差しに深く耳を傾け、ご自身の成長を加速させる契機としてみてはいかがでしょうか。そこには必ず、まだ見ぬ新しい可能性が広がっているはずです。
2026年7月吉日 東京都品川区中延の音楽リハーサルスタジオにて脱稿
株式会社アジャイルHR
取締役 楠田 祐