「AI×経済成長時代」の人的資本経営 Vol.2~AI が人の仕事を代替するのではない。これまで AI がなかったから人がやっていただけだ~

アジャイルHR代表、松丘啓司による新コラム連載。第2回目のコラムでは、AI時代に人間がこれから果たすべき本当の役割と、そのために必要な教育について考察します。
「代替」という言葉が生む誤解
AI の普及を語るとき、私たちはしばしば「代替」という言葉を使います。
しかし、AI が人の仕事を奪う、肩代わりする、置き換わるという発想自体が順序を取り違えています。 正しくは、「その仕事はもともと AI がやるべき仕事でした。ただ、それを実行できる技術がこれまで存在しなかったから、人間がやむを得ず担っていただけ」ということです。
私たちは長い間、機械の代わりを人間が務めてきた時代に生きていたのであり、その事実にようやく気づき始めたに過ぎません。
なぜ人間が「本来の仕事ではない仕事」を担ってきたのか
例えば営業の現場では、提案書作成やトークスクリプトの精緻化に教育リソースが費やされてきました。 顧客との共感や土壇場の判断といった「見えにくい能力」より、提案書の完成度のような「効果が見えるスキル」に予算がつきやすいという組織の合理性の結果です。
筆者は 2010 年に『論理思考は万能ではない』という書籍を出版しました。当時、企業ではロジカルシンキング研修などのビジネススキル研修が盛んに行われていましたが、中学や高校で習ってきたこととさして変わらない内容に企業が投資することへ、違和感があったのです。
属人性を排して平均的な成果を出せる人材を大量に育てるには、標準化しやすいスキルを教える方が適していたのかもしれません。しかし本質を見れば、提案書作成やスクリプト生成は情報処理・パターン生成であり、これからは AI に任せられます。
それは営業に限らず、多くの「知的労働」に共通する構造です。
AI の登場で考えるべき、本当の問い
AI の登場が突きつける問いは、「どの業務を AI にやらせるか」ではありません。代行作業から解放されたとき、人間にしか担えない仕事は何か。それを軸に組織や教育をどう再設計するかという問いこそが本質です。
問われているのは、作業から解放された人間が、これから何に責任を持ち、どのような価値を生むべきかという、組織そのものの問い直しです。教育もまた同じ発想の転換を迫られます。定型化・言語化できるスキルを教え込むことに費やしてきた時間を、言語化しにくい判断力や関係構築力の育成へと振り向けられるかどうかが、これからの組織の競争力を左右します。
AI は仕事を奪う存在ではなく、人間が長らく AI の不在を代わりに埋めてきただけであり、その代役の時代がようやく終わろうとしていると考えるべきではないでしょうか。