エンゲージメントサーベイに求められる要件
エンゲージメントサーベイは単に人的資本情報として開示するために行われるべきものではなく、従業員のエンゲージメント向上に向けた継続的改善を推進するバロメーターとして利用される必要があります(図1)。
そのため、エンゲージメントサーベイは主に以下の2つの目的を有していると言えます。
- エンゲージメントの現状を把握することで、改善のための打ち手を明確にすること
- エンゲージメントを指標として、変革施策実施の効果を検証すること
このような用途を可能にするために、エンゲージメントサーベイは以下の要点を満たしている必要があります。
- エンゲージメントを測定すること
多くの企業において、これまでにも従業員満足度調査(ES調査)や組織診断サーベイが行われてきました。それらのサーベイでも組織の課題は把握できるため、改善策の検討や効果の検証に用いることは可能です。しかし、それらの改善策によってエンゲージメントが高められている保証はない(検証できない)ため、エンゲージメントサーベイには、従業員のエンゲージメントを確認するための設問を含んでいる必要があります。
- エンゲージメントに影響を及ぼす要因を測定すること
エンゲージメント向上に向けた施策を検討するためには、エンゲージメントの値の高低や変化だけでなく、それに影響を及ぼす要因が把握されなければなりません。エンゲージメントサーベイを行うたびに、ヒアリングをして原因分析を行うといった労力をかけることは現実的ではないため、一度のサーベイで原因分析までできる尺度を含んでいることが望まれます。そのためには、エンゲージメントに影響を及ぼす尺度が事前に把握され、設問に含められている必要があります。
- エンゲージメント向上によるアウトカム(効果)を測定すること
エンゲージメント向上による効果として、パフォーマンス(業績)の向上や離職率の低下といった成果につながることが期待されますが、そのような成果が現れるのには時間差があったり、他の要因も関連したりするため、成果に結びつく、従業員の「意識や行動の変化」が生じているかを把握することによって効果検証が可能になります。そのためには、成果につながる意識や行動を尺度として含めておくことが必要です。
上記のようなエンゲージメントの要因からアウトカムまでを含む尺度の因果関係に関して、企業ごとに自社で検討するのは容易ではありませんが、既に学術的に検証されたモデルが存在しています。その代表がワークエンゲージメントの研究に基づく、「仕事の要求度-資源モデル(J-DRモデル)」です(図2)。このモデルは上段の「健康障害プロセス」と下段の「動機付けプロセス」の2つのプロセスによって構成されていますが、エンゲージメントサーベイに主に関係するのは下段の「動機付けプロセス」です。
このモデルによるとワークエンゲージメントに影響を及ぼすのは、「個人の資源」と「仕事の資源」です。「資源」というのは少しわかりにくい言葉かもしれませんが、要するに「燃料」であり「エネルギー源」です。ワークエンゲージメントを高めるためのエネルギー源と捉えると理解しやすいと思います。
「個人の資源」というのは、個人の内的な心理状態であり、その代表が「自己効力感」です。自己効力感は、「自分ならできる」と自分の可能性を信じられる心理状態を指しています。たとえば1on1においては、リーダーの「承認」がメンバーの自己効力感を高めることに影響します。このように、「個人の資源」はリーダーによるサポートなどの「仕事の資源」によって影響されるため、エンゲージメントサーベイでは主に「仕事の資源」の方に焦点を当てます。
つまり、エンゲージメントサーベイにおける因果関係のモデルは、「仕事の資源⇒ワークエンゲージメント⇒アウトカム」とシンプルに表現することができるのです。
仕事の資源に含まれる尺度と設問は、一般に公開されている「新職業性ストレス簡易調査票*6」に詳しく記載されています。この調査票は「仕事の要求度‐資源モデル」をベースに、日本国内で実施された調査研究に基づき、学術的に検証されたものです。
新職業性ストレス簡易調査票には、健康障害プロセスが含まれているため「ストレス」が強調された名称になっていますが、動機付けプロセスも含まれており、特に仕事の資源に関しては以下のように3分類されているので、要因分析が行いやすい構成になっています。
<仕事の資源の分類と尺度>
- 作業レベル
仕事のコントロール、仕事の意義、役割の明確さ、成長の機会
- 部署レベル
上司の支援、同僚の支援、経済地位/尊重/安定報酬、上司のリーダーシップ、上司の公正な態度、ほめてもらえる職場、失敗を認める職場
- 事業場レベル
経営層との信頼関係、変化への対応、個人の尊重、公正な人事評価、キャリア形成、ワーク・セルフ・バランス
「作業レベル」の資源は、仕事そのものによる動機付けです。「部署レベル」の資源は職場の上司や仲間、雰囲気などによる動機付けです。「事業場レベル」の資源は、会社の制度や風土による動機付けを意味しています。
新職業性ストレス簡易調査票は誰でも無料で利用できますが、ワークエンゲージメントが中心なので、組織コミットメントの尺度は含まれていません。また、もともと「健康いきいき職場」づくりをテーマに作られているため、ビジネス面でのアウトカムがやや不足している面もあります。
そのような点を補って、株式会社アジャイルHRと株式会社インテージが共同で開発した概念モデルを図3に掲げます。新職業性ストレス簡易調査票の他、組織コミットメントやアウトカムなどに関するこれまでの学術研究をベースに、実証調査の結果、33の設問で本モデルに基づく分析が可能になっています。
本モデルに関して1点補足すると、図に示されているように、「ワークエンゲージメント⇒組織コミットメント」という因果関係が見られます。つまり、経営者が従業員に組織コミットメントを高めてほしいと願うなら、まず、ワークエンゲージメントを高める努力をする必要があるということがわかります。
【参考文献】
*6 「事業場におけるメンタルヘルスサポートページ」https://mental.m.u-tokyo.ac.jp/a/87